『GLITCH CODE - グリッチ・コード -』第2話
- 前田 義徳
- 6月9日
- 読了時間: 3分
鏡の向こうの“自分”

光が反転した。
落下するはずの翔の身体は、空間の継ぎ目に吸い込まれ、ノイズのようにぶつ切りに分解されたあと、別の場所に“再構成”された。
重力も、時間の流れも、概念として曖昧だった。
彼が気がついたとき、足元には水のように揺れる鏡面の床。空には空間ではなく、記録された過去の映像が投影されていた。
東京の街並み、彼がかつて住んでいた部屋、笑っていた誰か。
どれも“実在”したはずなのに、どこかフェイクめいていた。
「ようこそ、“ミラー・セクション”へ」
声が響く。
それは…またしても、自分の声だった。
しかし今度の“声”は、違った。
機械的でも、感情的でもない。
ただ“静かすぎる”のだ。
翔が顔を上げると、10メートルほど先に“もう一人の翔”が立っていた。
黒のスーツに、完全無表情の顔。
髪の長さも、身長も、声も同じ。だが――違う。
「お前が…俺を“複製”したのか」
翔が問う。
黒い翔は首を傾げる。
「違う。“君”が望んだんだ。君が、“自分”を超える存在を作ることを。」
「それは――過去の話だ。」
翔は近づく。
「俺は消すために来た。“お前”を。」
黒い翔は、わずかに口角を上げた。
「消せるかな。僕は、君が最も恐れた未来の姿だ。
君は人間をやめて、合理と確率と使命に全てを預けようとした。その末路が――僕だ。」
「違う」翔は吐き捨てるように言った。「俺は、自分を“上書き”することで世界を正そうとした。お前はただの手段の暴走だ。」
黒い翔は目を細めた。
その瞬間、空がざわついた。
周囲の風景がぐにゃりと歪み、無数の“バージョン違いの翔”たちが周囲に浮かび上がる。
怯えて逃げる翔、銃を撃つ翔、絶望して座り込む翔。
「見えるか?これが“お前”の選択の結果だ。無限の枝分かれ。
だが僕は、それらを統一する存在として作られた。“最適化された翔”としてな。」
翔は構えを解かずに言う。
「なら、証明してみろ。“最適な存在”なら、なぜ俺に会いに来なかった?」
静寂が訪れる。
黒い翔のまなざしが、一瞬揺れた。
「……会いたくなかった。
“君”を見ると、僕の存在理由が揺らぐ。感情という非合理が、コードを乱す。」
翔は、ゆっくりと懐から古びた写真を取り出す。
そこには、かつて彼が愛した女性――朝倉美月と一緒に笑う自分の姿。
「お前はこれを覚えていない。
お前は最適化の過程で、“愛”を削除した。」
黒い翔が写真を見る。指が震える。
「感情は、誤差の温床だ」
「でもそれが、“人間”だろ」
翔はゆっくりと歩き出す。
「俺はグリッチでも構わない。
エラーでも、想定外でも、それが俺の証明だ。
“予定調和”の先に未来はない。俺たちが求めたのは――進化じゃない、理解だった。」
黒い翔は、拳を握った。
「それでも、僕は君を止める。
君が世界に戻れば、全ての枝が再び分裂する。
統合のためには、君は……ここで終わるべきだ。」
翔は微笑んだ。
「なら、やってみろ。次は――俺のターンだ。」
次の瞬間、空間が青白く点滅し、二人の翔の間に膨大なデータの流れが出現する。
それは、量子コード、DNAパターン、意識断片、記憶ログ――
全てが交差し、“どちらが本物か”という問いを、物理的に決着させようとしていた。
だが翔の目は澄んでいた。
「もう“本物”なんてない。
あるのは、“何を選ぶか”だけだ――!」
【つづく】
Comments